ぼこがぼっち鍋を食べる理由(会食恐怖症闘病日記)

会食恐怖症という厄介な病気にかかって早40年。その病気を通したフィルターで世の中を見るとどうなるか?

人って死ぬよね

どうも、ぼこです。

 

いつもは、おちゃらけて自分の生活を書いてますが、これを書いている今日は2017年6月23日。

 

ちょうど、フリーアナウンサー小林麻央さんが亡くなられたというニュースが一斉に流れた日です。

 

皆さんご存知の通り、彼女は、長い闘病生活の末、若くして亡くなってしまったわけですが、そもそも皆さんがこれほど、小林麻央さん=闘病生活を送っている


と言う認識が出来ているのは、何故でしょうか?

 

それは、彼女があえて勇気を出して、闘病生活をブログで発信し続けたからに他なりません。

 

本来は、自分が病気であり、ましてや闘病生活を送っているという事は、プライベート中のプライベートであり、出来れば本当に親しい人以外には知られたくないし、あえて不特定多数の人達に知らせようとまでは、普通はしないですよね?

 

それを、あえてブログで発信するという選択肢を選んだ彼女の決断の意味を、ぼこなりに考えてみました。

 

闘病生活をブログで発信するという事は、当然全国、いや全世界の人々が見る事が出来る、という事ですよね?
そして、それは、普段生活していたり、LINEでリアルに繋がっている人達の何百、何千、いや、何万倍以上の人々にも、自分の生の声や状態が届くという事です。

 

それって、ブログを見ている全世界の人達が、闘病している本人と同じように、笑ったり、泣いたり、喜んだり、悲しんだり。

 

同じ感情を共有する事が出来るという事。

 

それによって、麻央さんに実際に会った事がない人でも、ブログさえ読めば、同じように感情を共有する事が、いつでも出来るんです。

 

これって、当たり前のように思いますけど、よく考えると凄くないですか?

 

だって、時間と空間を、感情が超えたって事なんですよ!

 

しかも、自分の周りの目に見える人達だけでなく、目に見えない人達までも、勇気付けられたり、もしかしたら救えたりする事が出来てるのかも知れない。

 

ぼこは、このブログでみんなに何が出来るだろう?

 

ブログを書くという行為の重要性と、考えるキッカケを与えてくれた、小林麻央さんの勇気に、あらためて感謝すると同時に、深くご冥福をお祈り致します。