ぼこがぼっち鍋を食べる理由(会食恐怖症闘病日記)

会食恐怖症という厄介な病気にかかって早40年。その病気を通したフィルターで世の中を見るとどうなるか?

意味を付けない事

どうも、ぼこです。

突然ですが、人って物事に対してやたらと意味を持たせたがりますよね?

と言うか、ぼこは、やたらとこの『何でも意味を持たせる』傾向が強い部類ではあります。

f:id:mshrk37:20171110230746j:plain

意味ってメリットばかり❓

今までは意味が無い❗️

と言う事に対して、異常に心がザワザワすると言うか。

何か必ず物事には意味を持たせなければならないし、どんな物事でも意味を持っている事が当たり前だろう❗️

と思っていました。

自分の苦しみを自ら生み出す

でも、物事に意味を持たせると、その意味づけ故に固定観念が発生したり、そこに感情が発生したりする。

そうすると、そこでまた新たな感情が伴ったり、自分が付けた意味に対して悩んだりしてしまう。

感情も正の感情ならまだストレスも無いのですが、負の感情だとそこでまたストレスが起こって何とも大変な事になります。

元々は自分で意味付けしたり、感情をくっ付けたりしただけなのに。

自分がした事によって、自分が苦しむ原因にもなってしまいます。

物事に意味を付けることによって、何だか分からない事が無くなり、要は自分が『安心したい』のかも知れません。

しかし、その『安心したい』が為に返って不安になる事もある。

面白いですよね❓

でも、ほとんどの人はそういった考えですし、それが当たり前。

ぼこも、それが当たり前だと当然のように思っていました。

マインドフルな考えで救われる

しかし、『マインドフルネス』ではありませんが、物事には元々は意味なんて無いんじゃ無いか?

って思ったんですよね。

物事は『物事として存在』はしていますが、

そこに意味をくっ付けたり、感情をくっ付けたりしてるのは、自分です。

『物事は、ただそこに起こったり、存在している』

それだけ。

だと気がついたんです。

ただある事。

ただ起こった事。

それに対して、『ああそうか!』

と思う。

ただそれだけ。

そうすると、一見何に対しても意味が無くて分からない事だらけで不安なように思えますが。

返って、自分が勝手に付けた意味だったり、感情だったりが元から無いので、それに対して新たに苦しむ事も、縛られる事も無い。

結果、こっちの方が楽なんじゃないか?

そういう風に気がついたんです。

結局は、、、

意味付けする事って、顕在意識(自分で分かる領域)のやっている事で、潜在意識(自分では分からない領域)の力を借りるには、マインドフルネス状態である事が大事だと思います。

そうすると、病気が治る❗️

だけではなく、人生自体も好転する‼️

ような気がするんですよね❗️

スポンサーリンク